とくしまバーガー(7個目)

忘れたころにおちょくる、とくしまバーガー企画。

記念すべき第7個目は、「とくしまバーガー」という、分類と混同しそうなややこしいバーガーになります。
しかも、同名のバーガーがもう一ヶ所から発表されていて、まずは、ストレートに元祖を気取ったものの、かぶってしまうこの二店の安直さに乾杯しましょう( ^_^)/□☆□\(^-^ )

名称から笑いの絶えないバーガーであります。これは、ぜひとも詳しくご紹介したいが、店名を出さないというルールから、

小松島のバーガー”と”松茂町のバーガー”という出自で区分けたい。

ともあれ、今回は、前者の”小松島のとくしまバーガー”である。

ご覧のとおり、レンコンを挟んだバーガーだ。
めくると、阿波牛と阿波ポークの合い挽きパティとレタスがどっさりとはみ出す。
まれに、「写真をキレイに撮れ」というクレームがあるが、筆者は、整えすぎた幻想の食品に不誠実さを感じているので、あえてそのまま使います。文句は、包んだ人に言いましょう。

さて、このバーガーは、他所と違って水っぽくなるトマトを挟んでいないのと、よく見ると、バンズに焦げが付いていて、一手間、加えた感じがとても良い。
個人的には、唾液が少ないのか、パンというものは、焼くよりも、そのまま食べるほうがしっとりと喉心地がいいので、そちらの方を好みがち。

ところが、あいだに何かを挟むとき、もっちりとしたバンズは、食材の水分を受け付けず、肉まんでも食べているかのような閉鎖的な食感に昇華する。
一方、少し焼いて水分を飛ばしたそれは、その歯触りに加え、食材の水分を適度に吸い上げ、本来、相容れない小麦との調和を影で助ける。
やはり、料理は、口にしたさいの水分バランスで決まるのかもしれない。

しかしながら、味付けは絶望的に平凡で、徳島県が誇る文化的な味覚障害であるテリヤキ味が採用され、再利用なのかそのソースでレンコンを煮込んでフニャフニャにする。
せっかく、底敷のレタスが歯に心地よい食感を与えているのだから、筆者ならば、

「揚げてレンコンチップスにするだろう」

極めつけに、そんなフニャフニャにからむ”わさびマヨネーズ”という味覚の撹乱で、阿波牛も、阿波ポークも、特産品のレンコンも台無しにしてしまった。

辛くて無難な味付けは、味覚の崩壊であると、毎度のことながらここに記そう。

しかし、それが美味しいと人々は言い、
「わさびでもいけるがマヨネーズでもいける・・・」
という、基準の探求を忘れた曖昧さ、個性を価値相対主義で均して、その陥穽につけこんだ無難な思いつきを“表現”と呼び、そんなことを受け入れる、この県の人達はどうかしている。

匠の和菓子職人は、駄菓子の甘さの基本は干し柿で、干し柿の甘さを超えてはならぬと感覚的に知っている。
それは、自由とは制約の中からでしか生まれないということであり、絵の本質が額縁であることを肝に銘じて、食材と対峙していく誠実さである。

性質は違うが差し戻すと、肉の旨味を引き出すには、塩とコショウで十分だ。
和菓子職人ふうにいうならば、塩とコショウの領域で味付けの工夫をしなければ、いずれ徳島の味覚は、テリヤキに侵食されることだろう。

とくしまバーガーのパンフレットを開けば、バラエティあふれたアイデアの創作バーガーが、ソレであると書いてある。ここに、ご大層な審査会が設けられ、認定を受けたところで、結果、基準なき平凡な創意工夫は、無難さに集約して、十把一絡げに拡散していく。

結論。
われわれは、いつになったら、“色違いのスライム”から逃げ出せるだろうか