ハバネロミートソースバーガー(5個目)

ゴスロリはブスの隠れ蓑、白黒写真はアマチュアカメラマン――、
ということは、昔から男を呼び出すのが便所であるのに対して、女は神社というほど、相場はおよそ定着している。

他方、料理においては、「熱い」「辛い」もその類だ。

ついに出会ってしまった、5個目となるハバネロミートソースバーガー

一見すると、美味そうだ。
めくって、あら辛そう!ハバネロミートソース、パティ、トマト、レタス等。
肉は、ビーフとポークで出来ている。

このバーガーも、ぱっと見、「いかにもな徳島」という短絡的下品さがないため、ホッとしたのもつかの間か、味のベースがミートソースなのにトマトを惰性的に挟んでしまう安易さに、しばし囓って涙した。
それは、目玉焼きにマヨネーズをかけているのに、あえて疑問をもたないかのような調理人としての危うさ、思考的、一事不再議の無視を推し進めたところで、バランス感覚を崩すだけではなく、エンハンス効果にもなり得ないというのに・・・。
しかも、噛めば噛むほどハバネロと混じって、味がどんどん消えていく。

これが、とくしまバーガーの限界か?
本来は、徳島の食材を使ったオリジナリティ溢れるハンバーガーを作るのが目的であり、作り手は、各々、他所とは違ったハンバーガーを既存の概念にとらわれないように試行錯誤したはず?だ。

しかし、出会うバーガーのほとんどが、単なる食材至上主義でしかなく、行き着くところ、レタスやらトマトを添えるという既成の作法で、形式に拘泥していく。消費者から見れば、判でついた金太郎飴でしかないというのに。

そもそも、大衆の中に浸透しているハンバーガーなど、ファストフードの他にない。
悲しいことに、とくしまのバーガーは、数値化されたジャンク品にベクトルを向けて、性質の違うものを無理やり比べているかのよう。また、比べながら引きずられ、食材以外の差異がない。
工夫しているつもりが、思い込みの上に築かれた「工夫」によって、自ら創りだした観念の上で踊ってしまい、裸であることを隠すために、何かしらのスケープゴートによって、各々の正体を内向きに眺めて良しとする。

そこへ、無条件に褒める味覚音痴が、

「柔らかい、コクがある、ジューシー、シャキシャキ」

と、およそボキャブラリーのない不誠実な紋切り言葉で片付ける。憫笑するしかない。

残念なことに、このバーガーは、先日、紹介した「つくねバーガー」と出処が同じだ。これは、うっかり褒めてしまった。
ところが、つくねを作った開放感からか、ビーフだけでいいはずのパティに、余ったポークを練り込んで、つくねと半分共有させて、奇妙なモジュール化を図りつつ、従来の食材で挟んで安心し、辛さでおジャンにしてから単価切り上げ(つくね比較)!
牛が高いのか、ハバネロが高いのか?
肉の味も、限りなく豚寄りの、それでいて、豚というには物足りない味に仕上がってしまった。

かくして、高価な割には大したことのないハンバーガーの出来上がり。

また、とくしまバーガーを包む紙(認定を受けると配布されるのか?)は、ずいぶん安っぽく、水と油を簡単に通してしまうため、こういう、分厚いパティやソース、トマトのような水ものを挟もうものなら、中身が染み出し、ときに破れる。
特製の「バーガー専用バッグ」の底も、トマトの水で濡れてしまった。これは、改善の余地があるかもしれない。

今後に期待して、あえて言う。

「辛さでの商品訴求は、単なる味覚の陥穽だ。そういう舌は、「米」の味すら判断できない」