プーチンにいいね!と言えない

 10年以上前、西部邁が

 近代主義→アメリカニズム→グローバリズム→ニヒリズム→ファンダメンタリズム→テロリズム

 というようなことを言い、いわゆる親米のホシュたちを激怒させたことがある。

 ようは、米国によって国民性が破壊されたらニヒリズムが深まるし、しかし、ニヒリズムに浸り続けることは不可能なので価値の根本に回帰しようとファンダメンタリズムに近づく。そして根本主義は現実困難ゆえテロリズムに短絡していくというもの。

 まさに、9.11直後の状態を的確に言い当てていて、ホシュを名乗っているらしきネオコンが、ポストモダンと大差なかったお笑いの結末から、何の学習もせぬまま、世界は混沌の度合いを深めてしまった。

 昨日、マレーシア旅客機墜落というニュースをきいて、3月のことか?と思ってしまったが、結局のところ、“ロシアが悪いらしい”という素朴な価値観で世界と同調しようとする日本のあの胸くそ悪い感じと、原因を救命しましょう!と純粋まっすぐに専門家がああだこうだと論じる姿勢は、もはやビョーキというより不治の病だ。

 先のマレーシア旅客機墜落の件は、すでに世界では解決済みだが、軍事能力の探りあいで表立って解明されることはこれからもない。
 そこで、83年の大韓航空機墜落のニュースを引いて、徳島が嘆く恥ずかしの政治屋・後藤田正晴の真実公開が旧ソ連対策を遅らせたと功罪を問うてみても、抑圧的寛容の中で育ったらしい親米のホシュ(実態はサヨク)は、米国さまにお伺いをたてて見て見ぬふりをし、着々とグローバリズムへの道を進む。

 ロシアが決して良い国であるとは言わないが、ウクライナ問題にせよ、欧米がかつて、いや今もやっているバランス・オブ・パワーの結果であり、歴史に平衡をとってみても、国際社会に何の大義があるのか?

 国家の下部構造たるネーションが自由や民主、人権や進歩といった人工的観念でできあがったチャチな国・アメリカと同調するよりも、歴史に基づくプーチンの世界に対して「コノヤロー!」と拳を上げる姿勢にこそ、日本は学ぶべき要素が比較的多い気がする。

 かつてこの国は、外国から戦い方を学んで、それらの国と戦った。
 ところが、現在の学びは米国のみ。

 憲法も破棄せず、米国にこれからも固く抱きつくという決意表明(集団的自衛権やTPPなど)だけして、恋人の絆を深めてみても、貢ぐばかりで、結婚もなければ別れもなく、身も心も懐もカラッポになるシナリオからは、どうも抜け出せそうにない・・・。