初登場?!チーズバーガー(9個目)

久方ぶりのとくしまバーガー。

今回は、名も無き初登場のチーズバーガー?である。
出処も不明で、とくしまマルシェで買ってみた。

一見すると、この卑猥な感じは、鳴門の某店が販売している竹炭入りの“真っ黒バーガー”とそっくりだ。
しかし、中身は、そうではない。

めくると、なぜこやつが挟まっているのか?パイナップル
徳島が南国といえども、さすがに特産ではない。もしくは、肉が柔らかくなるから――、
「酢豚ですか!」
と、突っ込んでみても、パティは阿波牛で出来ていて、その下にチーズとレタスが毎度ぼちぼち。

なんだかなぁと思う。

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これまでのとくしまバーガーは、(徳島県が)何もないことにうろたえて地産地消を前面に出し、結果、“テリヤキ風”という県人好みの結束によって、五十歩百歩で傷を舐めあう茶番でしかなかった。
おまけに、県内にばかり付加価値をつけて、外向けの知名度はさっぱりである・・・。

ところがコレはどうだろう。
インパクト重視なくせに、その実平凡で、かじると余計な酸味が様々なものを台無しにする。
とりわけ、チーズとパイナップルが口の中で咀嚼されていく味の交わりが極限に不味く、某ファストフード店のチーズバーガーでも食べた方がマシだと思える。

少し脱線するが、昔から日本人は、“三角”で食事をしてきた。おかず、ごはん、味噌汁といった具合のローテーションである。

これが時代とともに崩れてきた。

躾の行き届いた家庭ならまだしも、今日日の子どもは、味が混ざるのを嫌って、給食も一品ずつ食べていく軟弱な味覚になってしまった。
本来、日本人は、欧米人よりもはるかに多くの味覚がある。しかし、こういう“ばっかり食べ”によって味覚を放棄した結果、悲しきかな大衆迎合とわずかな独創という立ち位置になびき、米国のすし屋のようになりがちだ。

様々なものが同時に口の中に入る――、
こういう食べ物は、おそらく日本人には向いているのだ。
ただ、調和のとり方を忘れてしまったから、流行りとインパクトのみが独り歩きして、残念な個別性に落ち着いていくのかもしれない。
それは、マクロビオティックとでもいう原則や哲学に基づいたバランスに、よくわからないながらも反しているから、いつまでも違和感を拭えずにいる。

だが、損する方に行くのが文化だというから、このバーガーは、愛媛の“とんかつパフェ”に通ずる匂いが微かにしているとはいえないだろうか。
もしかすると、赤飯に砂糖を大量にかけて食べる鳴門市民のように、県民が認め合った非常識を前提に、ポイントのズレたものを媚びずに作り続ける。こんなことが、案外この先、生き残る術になるのかもしれない。

おわり。