今年一番、動揺したという記録

12月1日、東京・秋葉原で行われた、すわわの「1st写真集」のお渡し会に行ってきた。

写真集とは、これのこと。

すわわとは、わりと縁があるようで、なんだかんだとイベントに当選していて、今回もやっぱり当選。運がいいとしか、いいようがない・・・。

会場は、ここ。

約100人の定員を3回に分けてお渡しするという形で、筆者は一番最後、三回目の参加である。
昼前に秋葉原に到着するが、緊張でドキドキとお腹が痛くなったり、軽く吐き気がしたりと自律神経が不安定で気が気でなく、Twitterなど見て平常心に務める。

だがしかし、お渡し会を終えた参加者のレポによれば、名前を写真に書いてくれるということでテンションが上った!マジか!!!!夢ではないよな!?\(^o^)/
嬉しいやら、緊張の追い打ちやらで、楽しみなのに、はやく済ませたいこの気持は、なんだろう・・・。

そわそわしつつも、集合時間30分前に会場に着く。店先には、同類の仲間がチラホラいて少し気持ちが安らいだ。
やはり、こういうとき、一人でいてはいけないのだ。

会場に入ると、本人確認と座席の抽選。
ちなみに番号は「60番」である。後ろの方で見えにくかったが、これは後に神席となる。

4時ジャスト、イベントがスタート。すわわ登場、やっぱり可愛い。なんだ天使か・・・。
冒頭のトークは、写真撮影の裏話。なるほどなるほどなるほどね。

そして、撮影で使われた「木製のチューリップ」のプレゼント抽選もあり会場がざわつく。
ものすごい倍率を勝ち抜いてここに座っているだけでも幸運なので、さすがに当選はしないであろうと、どこか他人事のように構えていた。ところが、すわわが抽選箱から紙を取り出し、何やら上下の確認をしているかと思ったら、

「60番の方ー!」

と、まさかのいきなり当選で動揺した。
ほんまにもらっていいんですか・・・。妙な汗が出た。

ここからは、動揺だけで何が何だかふわふわしていた。

自分の番になっても、動揺でマスクを外さずお渡しされてしまって、ちょっと失敗。
チューリップを持っていたこともあり、印象づいたのか積極的に話しかけてくれたし、何より普通に覚えていてくれたことも、この上なく嬉しい。

時間もいつもよりゆっくりと流れていた気がする。スタッフによる制止や剥がしもなく、まあまあ、話ができたのではないか。二週間後、仙台にてまた会いに行くと伝え、手を振り壇上を後にした。控えめに言っても、すわわは最高である。

直筆でもらった写真には、本名を書いてもらえて手が震えた。
神棚に飾って家宝にするしかない。このブログデータを読むかもしれない未来の子孫、親族一同に書いておく。絶対にこの写真は処分するでないぞ!!!

ひとまず、フォトフレームを買って宿で鑑賞。確かに自分の名前が書かれている。ずっと眺めていると、名前の意味が飽和してきて、軽いゲシュタルト崩壊をも味わってしまう。

写真集も広げてみたら、確かにすわわが持っているチューリップと同じで、変な声が出た。

一生、大切にします!!!!

そして、改めて、これからも大事に応援していこうと誓う、筆者なのでありました。

おわり。

Sailing to the Sunshine(東京公演)

11月17・18日、東京ドームにて開催されたAqoursの4thライブに行ってきた。

ここ東京ドームは、思い出の場所。塗り替えがたい最高の思い出と最高に辛い体験、そこからはじまる物語を2年半前に経験した。
3rdライブから日も浅い4thにて、ファンも複雑な心境であったであろう。「4thライブが楽しみだ」などと口では言っていても、ドームを目の前に、頭の片隅には「ファイナル」の文字が常にチラつく。μ’s寄りからの風当たりもいくぶん強い。そんな面持ちで集った場所がここなのだ。

まずは、フラスタを見に行く。
えみつんの花があって、気持ちが昔に戻ってジンとした。とてもエモい。畑亜貴もある。

そして、参加したフラスタも発見。人が入れないほどにギュウギュウに陳列され、この角度が限界である。

ライブの感想は、一言で言うと「心がしんどい・・・」。

もちろん、盛大に盛り上がったし、感動ももらった。
μ’sが「いまが最高!」と着地した場所にて「いま未来、変えてみたくなったよ」と始まる開幕や、オーケストラによる生演奏、東京ドームにてセンターを飾るすわわを観て、ガイシホール(名古屋)で芽生えた親心を思い出してうるっとしたし、普段はひょうひょうとしている彼女が初涙。間違いなく、いつもと違うライブである。

これには、推しではなくとも驚いたであろう。

記すには気が引けるが――、
並々ならぬ努力と疲労からか、肌の調子も格別に悪い。傷ついたワキに、うっすらシミとそばかすが浮き上がった頬に物語を見た。しかし、キレイな状態ではなく生々しくも人間臭い姿が、一層魅力的に映った。これが、生きて輝いているという証明であろう。

運良く、初日はエキサイトシート、二日目は、アリーナ最前で観覧した。すわわが目の前で歌って踊っている姿には、正直、見惚れてしまって「待ってて愛のうた」は、思い出の一曲になるだろう。
最後のあいさつも、なぜか正面にすわわがいて、この上なく幸せ。

終了後は、アジアツアーや5thライブも発表され、まだまだ続くかのような、そんな締めではあったものの、やはりキャストの様子がどこかおかしい。
センター宣言に、紅白にでも出るかのような(実際出るが)親への感謝の言葉、神妙な挨拶、そしてドームへ帰ってくるという意味深な約束が、着地点を示唆しているようで、嗚呼、あと一年なのだと確信した。

なるほど、4thライブは練習なのだ。

手探りのμ’sと、予定調和のAqours。
ファンと紡いだ時間はμ’sに叶わないが、急ぎ足の密度は越えてしまった。
いま、残っているのは、追い込みからくる疲弊感とでも言おうか。感動と表裏一体で、なぜこんな気持になるのか、4thライブでのダブルアンコールの違和感も手伝い、Aqoursってなんだろう・・・と初心に還った時間である。

お腹いっぱい、胸いっぱい、追加注文「No thank you!」そして「thank you FRIEND!!」。
参加されたみなさま、お疲れ様でありました。また、どこかで会えたらいいですね。

今回は、恒例のすわわへのプレゼントBOXの画像はなし。
ドーム内は写真撮影禁止なのだと(´・ω:;.:…

いや、ちゃんと入れたよ2DAYS。

またもやピューロランドに行った話

10月31日・11月1日、サンリオピューロランドにて開催された、すわわ(諏訪ななか)のイベントに参加してきた。

31日は、ハロウィン。1日は、キティちゃんの誕生日と一日早い、すわわのバースデーイベントである。←これ重要
前回のイベントから一年も経たないうちに、またここへ戻ってくることができてよかったよかった!
すわわには、これからいくらでも、どこかしこで会う機会はあるかもしれない。しかし、誕生日付近に直接「おめでとう」と伝えられることは、最も大事なことである。

あいかわらず、ピューロの中は夢の国。平日とはいえ、ハロウィンとキティ誕が重なり、ガチのサンリオファンが多いことに驚く。

今回のキャパは、前回の倍で4公演もあり、たくさんのファンが参加できたのではなかろうか。

かくいう自分も、4公演全て参加するという無茶振りで、両日とも最前列をとるというラッキーなイベントとなる。
参加したどるわちゃんのフラスタもちゃんとある!めっちゃ可愛い!!プレゼントもちゃんと入れたぞ!!!

初日はハロウィン、二日目はバースデー中心の内容。二日目にいたっては、最前列、真ん中付近に座るだけでも幸運なのに、バースデーメールまで眼前で読まれ、視線ももらえてテンションがあがった。これは、完全に死亡案件・・・。
今日この日を、自分の誕生日にしたいほどに舞い上がってしまった。

人生には時として、びっくりなプレゼントがある。今日がまさにそれだろう。

イベント初となるライブコーナーあり、一応のCDデビューも決まり、来年にはライブを中心としたトークイベントの開催も発表され、ますますの活躍はとても嬉しい。

夢の国とは、こうやって、思い出を作る場所なのだろう。キモオタではなく、ファミリーで来たらば、また違った充実もあるのかもしれない。と、ライトアップされたピューロを背に一枚。

いつかまた、サンリオキャラに会いにきますわ!ホンマやで!

そして、誕生日である2日は、写真集も発売。めでたやめでたや。そして何冊買うんや自分・・・。

とにもかくにも、すわわ、お誕生日おめでとうございます。24歳の年も、素敵な一年でありますように・・・。

ユニット対抗全国ツアー(名古屋)

9月22日、名古屋で開催された「Aqours LIVE & FAN MEETING 2018 ユニット対抗全国ツアー」、AZALEAファンミに参加してきた。

久々の名古屋だぎゃー!

名古屋は、推しの子センターの冠ツアーである2ndライブの出発地であり、思い出の地である。また来れて本当に良かった!

スタートとなる札幌公演は、折しも北海道地震の影響で中止になり、今回が事実上の開幕である。

今回は、ユニット別ということで集まったファン層も推しが偏って、いささかいつもと違う雰囲気。
あいかわらず、すわわは可愛い・・・。
「GALAXY HidE and SeeK」の衣装も可愛いかったが、衣装のわき食い込みとへそ出しに「ななかちゃん!おヘソ出とる!!!あかんて!」と勝手に心配興奮している自分が心底嫌になる(;´д`)。

掛け算式に人気が爆発するいつもの9人とは違い、会場が埋まるか心配だったとの声もあるが、一応、満席。いつもながらのファンミのノリで淡々と進んでいき2時間ほどで終了。
始まりは、客席から入場してファンを驚かせるし、半券にてサインTシャツもプレゼントする太っ腹イベント。
二回目以降も同じことをやったが、この驚きは、開幕第一回公演でなければ味わえない瞬間である。

ただ、予想はしていたが、やはり回数を稼ぐためユニット別にしたのは間違いだったかも。
確かに、AZALEAだけに会えて集中できるのは、稀なことだと思うが、グループとしての存在感や演目の厚みが圧倒的に足りていなくて、少し物足りなさも感じてしまう自分もいた。

とりわけ、開演にあたって不快なことがあったわけではないが、どちらかといえば、ネガティブな感想。
これがあと半年も続くとなると、どこかで作業感が出てこないか先が思いやられる・・・。

2018年という、平成最後の年は、Aqoursにとってどんな年だったのであろう。厳密には平成31年もファンミ中ではあるが・・・。
ファンミにはじまり、函館ライブ、3rdライブツアー、今回のユニット別ファンミ、11月には4thライブであり、一回の重みがどんどん軽く感じてしまうのは、みんな同じ想いであろう。

ユニット別ファンミのテーマ曲の歌詞にもある、

さあおいで さあおいで
いそがないと 置いてくよ?

という箇所は、疲弊したファンへの鼓舞なのか、はたまた終わりに近づくなにかであろうか。

μ’sが手探りで築きあげた6年をAqoursは2年でやってのけ、写真集やらネット番組など、本業が何なのかよくわからない活動にバラ売りが始まりつつあって、複雑な気分で応援している自分を再確認してしまった。

美人は3日で、虹は1時間で飽きるとは言うが、イベントやライブが多すぎるのも値打ちを下げて、考えものである・・・。

そんなこんなで愚痴、終わり。次は、仙台公演にて。

そして、こちらは恒例のすわわへのプレゼントBOX。

いつもなら一番乗りで手紙を入れられる入場順だったが、今回はファン層が偏っているので、すでに何通も入っていた。箱が買い物かごなのが無性に気に入らなかったががが・・・!

フィクションの扱い方がおかしい

お笑い芸人・矢部太郎作の漫画「大家さんと僕」の大家さんが亡くなったことが、にわかにニュースとなっていた。

日本では不思議なことではない。振り返れば、島耕作が社長に就任したさいは、日経新聞が特集記事とインタビューまで掲載したし、コボちゃんに妹が生まれると読売新聞もデカデカと記事で祝った。

一見すると、平和で、ほのぼのとするニュースであるかのように見える。

しかし、斜めからこの風潮を危惧すると、あくまでそれはフィクションであるということで、そのフィクションもどの程度まで真に受けて愉しめばいいのかということ。
さじ加減が個々の生きてきた常識と、大げさに言えば表現の自由にすら触りそうで、薄気味悪く感じることもある。

しばしば、表現の自由にひっかかりやすいのは、性と暴力に関する表現。フィクションであっても現実のものであるかのように、諸外国や左巻きの人々は言う。
児童ポルノはいけないが、童顔で幼児体型の成人はNGというように、現実と架空の区別があいまいで、いま話題の「バーチャル専業主婦の麗子」などは、傷だらけの姿で夫に愛されている時間が幸せだとDVを彷彿とさせる闇を抱えて波紋状態である。

いやいや、いうてもフィクションやからな、これは・・・。
創作物は人権侵害にはならないと、あの国連にて世界が喝采をおくったばかりであるのに。

コボちゃんや島耕作は、おふざけのほのぼのニュースでいいだろう。性と暴力は、眉をひそめる人もいるだろう。しかし、フィクションの登場人物が亡くなったことをわざわざSNSで拡散し、SNSでご冥福をお祈りされることに強烈な違和感を感じるのは自分だけであろうか。

少年漫画で育った人間としては、何人の登場人物にご冥福をお祈りしなければならないのか指折り数えてしまうし、ドラゴンボール風に言えば「クリリンのことかー!」と叫びたくもなってくるが、お笑い芸人は、面白いことだけ考えて笑わせてほしいものだと、思うこの頃でありました。

時事怪々

御茶ノ水女子大が、トランスジェンダーの受け入れを、近い将来するのだというニュースをみた。
偏見や差別意識をなくすのが目的だそうで、学びを受け入れるのは自然なことなのだそう。

さよですか。これでは、少数派への配慮が男女の「らしさ」を否定しかかっていて、完全に誤ったジェンダフリー方向・・・。もう女子大やめたらといった感じだ。

例えば、心は少女でもゴリゴリのおっさんが入学してきたとして、一緒に着替えましょうトイレで連れションしましょうなどとなったら、ハッキリ言って、気持ち悪いので筆者ならそんな学校、進学御免となるだろう。
心の病は理解してもいいが、LGBTの暴走を許した瞬間を目の当たりにした気分だ。
ただでさえ、中と外が一致していても気持ちの悪い人はごまんといるというのに。

他にも、自分が男か女なのかすら決めたくない「Xジェンダー」なる厄介な人々もいるらしい。どういうことやホンマ・・・。

自分は鳥だと思っても、背中に羽ではなくコブがあれば、空ではなく砂の上を歩くほかないわけで、おっさんが女風呂に入って警察を呼ばれても、「自分は女だ」と言って通じるとでもいうのか??

仏教の言葉だったかに「心は形を求め、形は心をすすめる」などというものがあって、どちらかにしっくりくるように人間はできているわけで、Xジェンダーとやらは、軟体動物以下に奇妙な生き物のようである。
いきすぎたフェミニストや女性らしさをこき下ろしたカトリーヌ・ドヌーブも、さぞおかしげな思想であると思うだろう。

F1レースクイーンの水着はハレンチだからダメ、女性の美を競うミス・ユニバースも水着審査ダメ、女性さしさの強調がダメときたら、いったい、何を磨き競えばいいのだろう。

アラブの世界では、女がブルカを脱ぎ捨て街を歩き、車の免許までも取り出す時代なのに、先進国では、男らしさ女らしさを排除する動きになっている。

「公」よりも「私」で育ち、個性個性と砂粒の個に分解されてしまった人々は、「私らしさ」すら否定する段階にきているのか???
一体、世界は何がおこっているというのだ。