HAPPYでPARTYな終着駅は埼玉

 去ること、9月29・30日、埼玉メットライフドーム(旧西武ドーム)にて開催されたAqoursの2ndライブ千秋楽に行ってきた。
 懐かしの西武線に揺られること、池袋より30分。

 ついに来ました終着駅! 公式の事後レポートを読むと、2日間で8万人、LVを入れると10万人のファンが見守ったのだという。
 ほとんど現地に来とるやーん!!
 野球とは違ってアリーナにも人が入るので、まあまあの密度。西武鉄道さん輸送ご苦労様です。

 物販とか、

 フラスタを見たりして、

 いざ、会場へ!
 間違って関係者ゲートから入ったが、なんのチェックもなかったぞ(汗)

 メットライフドームは、屋外球場に屋根がついているだけで過酷な場所だと思っていたが、開演の頃には、秋風が吹いて心地の良い幕開けに。

 初の全国ツアー6公演。なんだかんだで全て参加してしまった。←バカ
 しょうがない。推しの子センター曲の冠ツアーで、6公演中、すべてセンターで登場するのだから、そりゃあ目頭が熱くなるのはどうしようもない。

 ライブ内容は、名古屋神戸の総決算で控えめに言って最高。もうこれのために生きているかのような、そういう感じの旅だった。
 予想はしていたが、3rdライブの発表もあり、感動覚めやらぬなか、次なるチケット戦争への突入であります。

 ひとつ、今回のツアーで気になったのは、家虎問題。
 家虎とは、「イエッタイガー」のことで、ヲタ芸のコールの一種のことである。これらのコールが認められているライブであれば批判に当たらないのであるが、6公演、関係のない家虎コールをする人たちが多く、埼玉公演では静かに聴く曲や、曲の合間に家虎が目立ち、ライブが台無しになりかねないキチガイじみた場面が数多く見受けられた。本気で殺意を感じる。

 娘の発表会。演奏をはじめたところ「イエッタイガー!タイガー!タイガー!タイガー!」なんて叫ばれたら、怒らない親などいないのである。
 しかも意味などないのであるから、もはや宗教じみた病気である。

 ライブ後、たまりかねたファン達にボコボコにされている輩がいて、もう事件でも起こしておかないと抑止力にならないので、どつきまわしてやろうと参戦しかけたところ、警察がやってきたので止めました。
 3rdライブの際は、近くで家虎やったら植物人間にしてやるから、厄介勢は覚悟しとれよ!!゚ヽ(`Д´#)ノ

 気を取り直して――。

 

 こちらは、恒例のすわわへのプレゼントBOX。1日目。

 そして2日目。

 今回は参加者が多いので、箱の中身を目測して、うんうんと喜んでいる自分、ホンマキモいですwww

いつの間にか解散

 ここ一月ほど、世の中のことに無関心でいたら、いつの間にやら政界がちょっだけ再編されて、衆院選が始まってしまった。

 とりわけ、ホシュの側は、小池百合子が嫌いなようで、自民党(産経)新聞も希望の党をボロクソ書きたい放題ときて、ああやはり彼らの公は米国にあって、親米のホシュであることが再確認されるにいたった。これではダメだな。

 何を隠そう、バランスの取れた新の保守は、くそくらえな民進党の中にいると思っているくちで、烏合の衆から踏み絵を歴て、希望の党へと合流、こころの中山恭子も入ったというから、いまだ公明党を突き放せない自民党よりもまったくもって優秀なように思える。
 あぶれた人たちは、立憲民主だの無所属になったが、税金がもったいないので退場いただいてけっこうですから(笑
 その点、民進党再編のトリガーを引いた前原誠司は功労賞ものである。

 小池百合子のいうリセットとは、自民党のダメなところを改めようという趣旨だったように思う。
 しかし、親米のホシュ側は、リセットすると日本の伝統が壊れるであるとか、地図に北方領土がなかったとか、左派共闘にでもいうまとはずれな切り口で攻め立てていたりして、まともな論戦は期待できそうにない。

 一方、世界。パワーの十字路を見渡せば、どのような道をたどれども日本が巻き込まれるのは確実なのに、国難の時代の大義が消費税だの教育無償化だのとなんどズッコケればいいのやら、野党にいたっては、いまだ森友加計と次元が違うらしく、平和ボケから来る歪んだメンタルは、ある意味、侍的な国である。

 正直、衆院選の争点などどうだっていい。この国のトップに期待するのは、戦争ができるまともな国になること。パワーの裏付けがなければ、政治経済においても、強い国になりようもない。

熟して醸すか腐るか

 9月になったので8月を振り返って見ると、やれどこそこに遊びに行ったという程度の記事しか書いておらず、豪雨が襲おうが北からミサイルが飛んでこようが、ずいぶんと、のほほんと暮らしていたのだなと、丸くなっている自分に関心したりもする。

 おかげさま、ここ数ヶ月のメディアは酷いもので、考えることを止めた感情論ばかりの偏向報道は、テレビからの開放を思いのほか助けてくれたし、8月恒例の戦争特集も表現だけの人道主義の化けの皮を剥がしつつあって、ちょっと愉快な気分ですらある。

 学んで思わざれば則ち罔(くら)し
 思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し

 である。

 これは、考えを共有するソーシャルメディアにも顕著に言え、例えば、若者のフェイスブック離れにも如実に出ている。

 原則実名であるにもかかわらず、日記雑記を載せる文章力もなく「これを食べた」とか「今ここにいる」といったつぶやき程度の記事が蔓延し、共有はできてもすり合わせのない「どうでもいいね」な空間になっているのが現状。
 結果、若年層はそそくさと見切りをつけ、頭はナショナリズムで身体はグローバリズムな意識高い系の中高年しか利用しないサービスになってしまったのは、ある意味自明のことなのだ。

 論壇ホステスとホシュ親父が、嘲笑の対象でしかなくなったように、甘いものをなんでも「スイーツ」と呼ぶ人々と同様、「いやいや、これは饅頭やろ」と向き合える若者の方にこそ味方してやりたい。
 しかしながら、「インスタ映え」に走る若者もまた、精神構造は承認要求であることに変わりなく、考えなくなったのは今に始まったことでもないか・・・。

HAPPYでPARTYな2駅目は神戸

 8月20日、ワールド記念ホールにて開催されたAqoursの2ndライブ2駅目に行ってきた。
 神戸じゃ! 近いぞ! ダイヤッホー|c||^.- ^||

 ポートライナー未来ずら~!

 案内板にもちゃんと表示されております。

 会場は、ここ。
 写真は撮っていないが、お隣でAKBの握手会をしていて、オタクが混じり合いカオスな空間であります(汗

 今回の公演でちょうど折り返し。
 セトリは名古屋とほぼ同じであったけれども、折り返し特有のしんみりとした感謝の挨拶にジンとする観客。
「みんなが応援してくれたからここまで来れた」とリーダーは言う。しかしちょっと違うのだ。メンバーが並々ならぬ努力をして頑張って、輝いているからこそ好きでいられるわけで、応援できるのである。

 この点、よくよくわきまえつつ、終着点である埼玉公演に向けて、しばしの充電ヨーソロー。

 そして、名古屋公演で問題になった本人確認はというと、、、神戸ではほぼ無し。
 アリーナを抜き打ちで厳ついオッサンが確認していたそうであるが、もうこんな不毛なことは、そろそろヤメにしませんか。
 他方、ヲタ芸のコールにて場を乱す連中も標的にされ退場をくらったらしく、本人うんぬんTPOまで監視しだした!
 そのうち、許容範囲を超えたキモヲタは片っ端から排除して、紳士淑女、美男美女しか参加できないイベントになっていくのでありましょう(爆

 気持ち悪い人、要注意です。

 そんでもって、こちらは恒例のすわわへのプレゼントBOX。
 しゅかやあいきゃんのように、プレゼントが山積みになっているわけではないけれども、奥底に一通の手紙を入れられるだけでちょっと幸せ。

 忘れてはいけない! 神戸は、きんぐの地元ということだけあり、このフラスタはとても良かった! 他は、通路が狭くて撮れなんだ!

名古屋の記録(台風)

 先日の名古屋にて。

 台風接近により、バスが2回も運休。
 もう一泊して、名古屋駅周辺をブラブラして時間を潰すが、三度目のバスも運休・・・。

 幸い、鈍行の電車は動いていたので近鉄を乗り継いで大阪まで行き、そこからバスで徳島という、まあまあの長旅をしていると、日本は案外広いものだと思う夏でありました。

HAPPYでPARTYは名古屋から

 去ること、8月6日、日本ガイシホールにて開催されたAqoursの2ndライブに行ってきた。
 久々の名古屋だぎゃー。

 今回のテーマは、HAPPYでPARTYでTRAINな全国ツアーということで、名古屋の地から出発進行!
 折しも息の長い台風接近により開催が危ぶまれたが、のろのろと九州にいたため問題もなく。

 1stから半年余りの2nd。正直、足取りが早い気もしたが、たった半年で1stよりも格段に上達したAqoursを目の当たりにして、やっぱりライブはいいものだと実感する気持ちの悪いオタクはここ。

 二日間で楽曲をガラリと変える挑戦的なセトリは、来たる3rdへ向けての楽曲消化の様相もあり、いささかリード曲の少なさが目立ったが、パフォーマンスと露出の高い衣装にて完全に心を持っていかれてしまい、次なる神戸公演への期待が募るばかりだ。

 楽しさの一方で、今回、ずさんで厳格な本人確認がランダムで実施されたため、本人であるにもかかわらず退場をくらう犠牲者が続出した。顔写真付きの証明書が提示できなかったためだという。
 公式ページには「身分証」としか記載されていなかったうえ、スタッフの対応もまちまちだったため問題化した。

 転売対策なのは、まあわかる。しかしながら、余ったチケットの買い戻し制度や、友人間の譲渡制度が認められていない状態にて、この処理の仕方は、トラブルが起こっても致し方がなかろう。
 けれども、転売がなくなればチケットが確実に買えるという幻想と妬みの声を忖度して、いままで実施してこなかった伝家の宝刀(本人確認)を抜かせた原因は紛れもなくチケット乞食にあり、さて、今後の対応がどのようなものになるか観察の必要があると感じた。

 一面の真理を申し上げると、決して転売は犯罪ではない。このグレーゾーンを突きすぎると、今回のような事件が起きるとわきまえて、無事、神戸でまた会えるよう皆さまの健闘を祈りたい。

 おわり。

 こちらは、恒例のすわわへのプレゼントBOX。
 ちゃんと手紙を入れられて満足満足。内容は、ほとんどラブレターでホンマ自分キモいですwww

民泊ってなんだ

 民泊のそもそもとは、一体何だったのだろうと近頃、不思議に思うことがある。

 民泊とは、インバウンド対策に不足する宿問題を規制の緩和で人を泊めてもいいぞという発想から出発したものだったと記憶している。

 ところが最近では、個人が人を泊めてやって金をもらうというビジネスに国がお墨付きを与えてしまっただけで、徳島でも「阿波踊り民泊」なるまったくよくわからない試みが始まろうとしている。

 確かに、徳島は奈良と同じく宿泊施設が少ない県であるが、それは徳島駅周辺では一定以上が賄えないというだけで、宿泊施設がないわけでもない。むしろ、イベント期間中に遠方の宿は公共交通がないから倦厭されがち。明石海峡と高速バスの発達という車社会の末路なだけではないか。
 この奇妙な受給の調整を「お接待の心で」などと云われても、県民としてはちゃんちゃらおかしい。

 お接待といえば、お遍路に関しても民泊が活用されはじめ、お寺がホテル代わりになるのだと。いずれ、お接待でやっていたタダ飯タダ宿も、民泊の精神によって経済の中に組み込まれていくに違いない。

 もちろん、今と昔は違うだろう。お遍路で死ぬことも稀。別段、腹が減っているわけでもなく、財布には万札と電子マネー。
 金を崩すのがいやで喉の乾きを我慢してとことこ歩いていると、一台の軽トラが通り過ぎては止まり、そこまで歩くと「休んでいけ」という。
 怪訝にもついて行くと、どうということもない出来合いの料理が並んでいるが、一口食べると何かが沁みわたっていく。
 こういうものの累積が、日本を日本にしている精神のはず。

 なんだか嫌なのは、オリンピックを機に、7000円でお接待しますよとでもいいたげな「O・MO・TE・NA・SHI」である。
 まあいいか。「おもてなし」とは、裏があるから表なしだからだ。