秩序を立てたら、無秩序がどこかに立つ

明日は、徳島市長選挙だ。

結果はわかっているので、さておけど、選挙が近づけば、大半の候補が、
「格差是正!」
と口を揃える。

だから、もっと頭を使えと申し上げたい。
「格差があってもええじゃない」

何が悪いというのか、格差は人生のインセンティブであるし、経済の原動力、向上心の源だ。くだらないスローガンは聞きあきた。
お隣の格差大国ですら、こういうことを言っているのに。

論語には、

有国有家者 不患寡而患不均 不患貧而患不安

とあり、すなわち、

国を有(たも)ち家を有つ者は、寡(すくな)きを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患え、貧しきを患えずして安からざるを患う

つまり、人々は貧しさに対して不満を感ずるよりも、不公平に対する不満の方が大きいということで、ゆえに、フリーターが増えようが失業者で溢れかえろうが、社会が平等で持続可能ならば、それでもいいと言っていて、格差よりも機会の是正が正確だ。

とはいえ、
「既得権、一掃!」
そんな奴こそ、動かぬぬるま湯が大好きで、現実は、利権が村社会のキャスティングボードになっている。

機能性はない。が、壊したくもない。見て見ぬ振りもめんどくさい。ならば、はなから思考を止めてしまおう。
それでいい、それで周囲がもめぬなら。
われわれの価値観は、腫れ物に触らない現場維持主義。
専売所に泣きつかれたら、喜んで不本意を受け入れる。

それでいいのだ。変えないことが美徳であるから。不満の元凶は、われわれの意思で作り出す。だから、不満はもともとありません。

どうも、お騒がせしました。

変わらずに生き残るためには、変わらなければならない

■格差の頂点。労働組合。